他人を基準に置くと、他人に左右される。あちこちに配慮しているうちに時間を失い、チャンスを逃しすことになる。その失態を人は批判の根拠にする。「ほら、やっぱりね」というわけだ。他人を優先したつもりが、わざわざ人の批判を招き入れることになる。人の判断基準を採用していると、ろくなことにはならない。決定的な場面では、腹の底から信じていることしか、できないものだからだ。
ヒマラヤの高所に行くと、とってつけた社会性は引き剥がされて、本性がむき出しになる。酸素が希薄で頭がぼーっとした状態では、大脳に蓄積したよき社会人としての規範は、制御能力が弱くなってしまう。生き残るためには、動物的な脳に頼るらざるを得ない。もう限界、という時には、身体感覚に刷り込まれた行動しか、できないのだ。
日頃他人に良いことを言っていても、いざというときに行動が変わってしまったとしたら、もともと無理をして他人に合わせている証拠だ。無理して善人しているから、本性が悪であるように見える。まるで正体を隠して騙していたように見えて、信用を失ってしまう。
信用の元は一貫性である。良いときも悪いときも、変わらぬ態度を貫きたいのなら、自分が心の底で持っている価値基準を深く探り、知っておくことだ。判断基準は、あくまでも自分。人に合わせたところで、自分が心底信じていることでなければ、結局は裏切ることになる。だったらはじめから、心底やりたいことを言い張っている方が、よほど人のためである。
2009年5月26日火曜日
2009年5月19日火曜日
自分勝手でいい
山に登るのは、もともと自分勝手な行為である。それでいい。何かを成し遂げるためにはわがままでなくてはならないからだ。
誰が反対しようと、問題が起きようと、それは道の途中で起きる出来事であり、クリヤーされていくはずの課題である。
遭難するのではないかと反対していた人も、結果が出れば納得する。利害が対立する人なら、利を分かち合えば味方になりうる。
道は長いのである。短期的に人に迷惑がかかるようでも、恩返しできるときは必ず来る。
借りは作ってもいい。あくまでも自分の中の価値基準にあっているかどうかを判断の根拠にするのだ。
価値基準がはっきりしていれば、迷わない。言うこととやることが一致する。いつも自分の基準との照らし合わせを行っていれば、行動にぶれがなくなり、即断即決。生産効率は高まり、ミスも格段に少なくなる。
誰が反対しようと、問題が起きようと、それは道の途中で起きる出来事であり、クリヤーされていくはずの課題である。
遭難するのではないかと反対していた人も、結果が出れば納得する。利害が対立する人なら、利を分かち合えば味方になりうる。
道は長いのである。短期的に人に迷惑がかかるようでも、恩返しできるときは必ず来る。
借りは作ってもいい。あくまでも自分の中の価値基準にあっているかどうかを判断の根拠にするのだ。
価値基準がはっきりしていれば、迷わない。言うこととやることが一致する。いつも自分の基準との照らし合わせを行っていれば、行動にぶれがなくなり、即断即決。生産効率は高まり、ミスも格段に少なくなる。
2009年5月12日火曜日
一人でもやる
チームがたとえ一人になっても登る。「一人で登る」のとは違う。一人でやるのは、チームが必要ない場合。周囲の協力がいっさい必要ないときのこと。
もし周りに関係している人がいるなら、その人達から期待した協力が得られなかったり、メンバーが動いてくれなかったとしても、それはいっさいやめる理由にはならない。登山計画を中止してしまうのは、周囲のせいではなく、自分の気持ちがそこまでだっただけのことだ。
本気なのかどうか。そこを人は見ている。なんとしてもやり遂げる、そこに絶対の決意を持っているあなたを、人は信じる。他人次第でやるかどうか決めると、決定権は他人にわたる。決定権を譲られた人は責任が重くなり、負荷が高くなる。そのリスクを負って「私が決めます」といった人に、リーダーの地位は動いていく。
あなたにどうしてもやりたいことがあるなら、リーダーの地位も決定権も渡してはならない。渡せば、それはあなたがやりたいことからずれていっても仕方がない。あなたが自分の夢を放棄したわけだから。
そんな事態に陥りたくないのなら、誰が反対しようと、たとえメンバーが全員去ったとしても、一人で最後まで成し遂げると決めることだ。一人でもやると決めると、人はついてくる。「行く」と決めてくれる人(リーダー)を、人は待っているのだ。必ずやると宣言すれば、あなたは待ち望まれた存在になる。
もし周りに関係している人がいるなら、その人達から期待した協力が得られなかったり、メンバーが動いてくれなかったとしても、それはいっさいやめる理由にはならない。登山計画を中止してしまうのは、周囲のせいではなく、自分の気持ちがそこまでだっただけのことだ。
本気なのかどうか。そこを人は見ている。なんとしてもやり遂げる、そこに絶対の決意を持っているあなたを、人は信じる。他人次第でやるかどうか決めると、決定権は他人にわたる。決定権を譲られた人は責任が重くなり、負荷が高くなる。そのリスクを負って「私が決めます」といった人に、リーダーの地位は動いていく。
あなたにどうしてもやりたいことがあるなら、リーダーの地位も決定権も渡してはならない。渡せば、それはあなたがやりたいことからずれていっても仕方がない。あなたが自分の夢を放棄したわけだから。
そんな事態に陥りたくないのなら、誰が反対しようと、たとえメンバーが全員去ったとしても、一人で最後まで成し遂げると決めることだ。一人でもやると決めると、人はついてくる。「行く」と決めてくれる人(リーダー)を、人は待っているのだ。必ずやると宣言すれば、あなたは待ち望まれた存在になる。
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